昭和54年6月に上田市の郊外に信濃デッサン館を造ってから28年になります。この信濃デッサン館には四つの特徴があります。一つ目は非常に不便な場所にあるということです。槐多の絵が一番似合うところ、信州の鎌倉と呼ばれる塩田平の独鈷山のふもとの前山寺の近くにあります。
二つ目の特徴はお金をかけていないということです。当時の富士銀行から自宅を担保に2,500万円を借りて、ゴキブリホイホイのデザインで建物を造りました。お金が足りず手作りの部分も多い、安い小さい美術館です。
三つ目は夭逝画家の絵を集めたことです。村山槐多、関根正二、野田英夫といった早死にした画家の絵を集めてあります。
四つ目は素人が作った美術館だと言うことです。17歳8カ月、絵描きになりたかった高校生のときアルバイトの帰りに立ち寄った本屋さんで偶然手にした、「槐多画集」と「槐多の歌へる」という詩画集に魅せられてしまいました。それから槐多の絵を集めるようになり、ある日国会図書館で見た信濃毎日新聞「槐多の未発表作品見つかる」の記事をきっかけに大屋の吉池さんから木炭画6点を譲ってもらいました。お土産の虎屋の羊羹と引き換えに、格安で譲っていただいたその槐多作品は、現在美術館の至宝となっており、時価2億円の価値があります。
平成9年に隣接地に第二次世界大戦中に画家を目指しながら志半ばで戦場に散った画学生の作品を集めた「無言館」を造りました。美術学校に入ったばかりの学生の絵ですから、絵は未熟です。ひとつひとつの絵は未熟なのですが、彼らの絵が集まると「絵を描きたい」というコーラスが聞こえてきました。絵がうまいとか下手だとかとはまったく関係なく、絵を描きたいと言う気持ちが見る人を感動させていると強く感じています。
|