株式会社かめやの吹上孝文社長に「私のたこ焼き人生」という演題でお話しいただきました。
昭和34年山口県下関市に生まれ、関西外国語大学に進学しました。先輩の影響でサラリーマンは面白くないと確信し、二十歳で大学をやめました。見分を広めるため海外へ行こうと考え、その費用200万円を貯めることを目標にしました。お金を貯めるためにいくつかアルバイトをしましたが、そこで出会ったのがお好み焼き、たこ焼きの児玉商店の次男の方で、私のお師匠さんになります。海外から帰ってしばらくして、師匠が金沢で独立し、私も金沢で3年間働き、4年目に独立して長野に来ました。
長野に決めたのは、夏も涼しくエアコンが要らないこと、食事がおいしいこと、山がきれいなことの3つの理由です。はじめは自動車を使った移動販売で農協やスーパーの駐車場で商売していました。移動販売が一般的な業態でしたが、木曽福島のスーパーの常務に強く勧められ、テナントで出店し、大成功しました。2店目は白馬スキー場への出店で、スキーブームの時代でこの店も大成功でした。
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